東京高等裁判所 昭和34年(ラ)418号 決定 1959年8月17日
抗告人 片桐直樹 外二名
主文
原判決を取り消す。
前記調停調書中「被控訴人松田節夫」とあるのを「被控訴人伴野節子」と更正する。
理由
本件抗告の理由は別紙のとおりである。
本件調停調書編綴の記録によると、同調停調書は、原告松田栄夫、松田登夫、伴野(旧氏松田)節子、被告野村志郎、片桐直樹、金栄株式会社間の東京地方裁判所昭和二十八年(ワ)第一、二四八号及び原告松田栄夫、松田登夫、伴野(旧氏松田)節子、被告野村興業株式会社間の同裁判所昭和三十年(ワ)第二、〇一六号建物収去、土地明渡請求併合事件の原告らの勝訴判決に対する控訴事件である東京高等裁判所昭和三十年(ネ)第二、〇九七号事件について、同裁判所がこれを昭和三十一年(ユ)第一六号事件として同裁判所の調停に付し、昭和三十二年十一月二十一日成立したものであることが明瞭である。しかして、右各事件の記録を閲覧するに、伴野節子は前記各訴訟当時は松田節子といつており、その氏名で訴を提起し、昭和三十年十一月二十九日伴野龍弥と婚姻し、伴野の氏を称するに至つた(但し裁判所に対しその事実を通知することはしなかつた)ことが認められる。そうすると、本件調停調書に「松田節夫」とあるうち「節夫」とある部分は裁判所書記の書類作成上の過誤による明白な誤認であり(第一審判決及び控訴状にも松田節夫となつているが、これも書類作成上の過誤によるものである)また「松田」とある部分は当事者の同一性の問題とは何らの関係もなく、明白な誤謬に準じてことを処理するに妨げないものといわなければならない。そこで、このような誤謬の更正をなすべき権限を有する者について考えて見るに、更正は更正を受くべき裁判をし、又は和解、調停、放棄、認諾等の調書についてこれを認証した裁判官の所属する裁判所においてその裁判及び調書を正確にするための権能であつて、他から誤謬があるとして強制される筋合のものではないから、更正権限は原則として更正を受くべき裁判をし、又は和解、調停、放棄、認諾等の調書について認証をした裁判官の所属する裁判所に専属し、事件が上級裁判所に係属する場合に限り、上級裁判所は下級裁判所の処分に対し審判権を有する関係上例外として下級裁判所の裁判及び和解、調停、放棄、認諾等の調書について更正決定をする権限を取得するに至るものと解するのが相当である。このように解するならば、下級裁判所は上級裁判所の裁判及び和解、調停、放棄、認諾等の調書について更正決定をする権限を有するものではないから、原裁判所が本件について更正決定をしたのは違法であつて、原決定は取消を免れないが、本件について当裁判所が更正決定をする権限を有することは前説示によつて明白であるから、前記誤謬は当裁判所においてこれを更正すべきものとし(調停調書の誤謬の更正権限はその調停を行つた調停委員会に専属するという説があるが、調停委員会は継続性を有せず、調停成立と同時に解散するものである-調停法第六条はこのことを前提としているものである-から、この説に従うことはできない)、主文のとおり決定する。
(裁判官 岡咲恕一 田中盈 土井王明)
抗告の理由
一、本件第一審判決正本によれば原告松田節夫とあり控訴状に於ても松田節夫と表示し従つて調停調書正本に於ける当事者表示も松田節夫とあり調停成立の時に於て松田節夫とあつて訴訟記録の何れの記載によつても伴野節子なる記載又は表示がない。
二、右事実なので之を指して明白なる誤謬なりと為すことを得ず該決定は之を為すことを得ざる事項につき決定を為したものである。右抗告する。